
生まれ育った街を歩く(母校 神戸市立雲雀丘中学校から神戸電鉄鵯越駅まで)
神戸市長田区の山間部、母校の雲雀丘中学校から神戸電鉄鵯越駅まで歩いた動画と記録を紹介。特別養護老人ホームに転用された小学校跡地や、昭和のまま時が止まったような山間部の街並みが見どころ。

神戸市長田区の山間部、母校の雲雀丘中学校から神戸電鉄鵯越駅まで歩いた動画と記録を紹介。特別養護老人ホームに転用された小学校跡地や、昭和のまま時が止まったような山間部の街並みが見どころ。

神戸・長田区丸山から鵯越まで歩いた(4)。神戸電鉄・鵯越駅は源義経「一の谷の合戦・鵯越の逆落し」の故地として知られる。駅周辺の里山地区もほとんど変わらないまま記憶の風景が続いていた。

神戸・長田区丸山から鵯越まで歩いた(3)。幼少期のランドスケープだった高取山の現在と、外壁を塗り替えただけで40年前とほぼ変わらない雲雀丘中学校・雲雀丘小学校の校舎の現状を紹介する。

神戸・長田区丸山から鵯越まで歩いた(2)。全国有数のコリアタウンが存在した長田区の歴史と人口減少、そして40年前とほぼ変わらない建物や学校の外観が続く、新陳代謝の止まった街の姿を記録。

神戸・長田区丸山から鵯越まで30年ぶりに歩いた(1)。阪神淡路大震災の被害が少なかった山間部の街には昭和の空気が色濃く残り、子どものころに這いずり回った急な坂と階段が当時のままの姿で続いていた。